2007年8月28日 東京地方裁判所104号法廷
午後1:15開廷
被告人質問
山下弁護士「平成17年10月27日、小嶋さんは何時に出社しましたか」
小嶋氏「11:00少し前です」
山「(資料の領収書を提示)10月27日の出社時間については、何か資料を使って時間を確認したことはありますか」
小「入出庫記録です。私が使ってた車の駐車場の精算機に刻まれたものです」
山「小嶋さんは会社の車で出退社していたんですか。運転手のHさんが運転するリムジンですか」
小「はい」
山「リムジンが会社につく場合はどうしますか」
小「会社の入ってるビルのエントランスで下りて、エレベーターで私は行きます。車は地下1階の入り口を通って地下3階まで行きます」
山「10月27日の朝はリムジンを下りてエレベーターで行ったんですね」
小「はい」
山「エレベーターで本社のある31階まで上る所要時間はどれくらいですか」
小「2分前後です」
山「本社があったフロアの状況は記憶にありますか?図面で説明したことは」
小「あります」
山「(資料提示)どういう経緯で作成したんですか?ここに書いてあるのは事件当時の状況を小嶋さんが記したものですか」
小「はい」
山「この日、小嶋さんが会社についた経路をこのコピーに書いてください。(ビルのフロアの図面を渡す。そこに経路を書き込む小嶋氏)小嶋さん机についた後どうしましたか」
小「机の上にバッグを置いて社内を見回りました。途中でI山に会いました(I山氏とあった場所に印をつける)
山「何か話しましたか」
小「イーホームズとの今日の11:00からの会議に出れるなら出てよと。その程度の会話です。そのあとにはI山、S(常務)と3人でI山の専務室で話しました」
山「小嶋さんもはじめからいましたか」
小「違います。I山いるかなと覗いたらSもいたという感じです」
山「I山さんとSさんはどんな位置にいましたか」
小「I山は自分の机のところに座っていて、その斜め前に対峙する感じで立っていました。(図に書き込む)」
山「小嶋さんが完全に部屋に入ったときに、I山さんとSさんの位置関係は変わりましたか」
小「変わりました(図に書き込む)」
山「検察の取った供述調書に書いたのと違いますが」
小「はい」
山「そこではどういう話をしましたか」
小「結構専門的な話でした。その前に私が机の前の紙を“これなに?”と聞いたのが始まりです。Sが“姉歯建築士の所に行って書いたものですが”と言いました。“この数字は何?”と私かI山が言いました。Sは地震の割り増し係数の低減とかそんな言い方をしていました。I山のほうが色々と質問して、それは耐力や基準法との関係はどうなの?“所詮割り増しなんでしょ”と。それに対してSは“何も分からない”と言い、I山は顔を少し赤らめて“それじゃ何も分からないじゃないか”と。私はSが調べた内容が分からないから、自分が調べてきて欲しいことを調べてこなかったから怒ったI山に対して頼もしいなと思いました。
その後、割り増し係数か、基準法と耐力などの関係を調べて来いよとI山は言っていました。その場で割り増し係数という言葉を聞いた気がします」
山「割り増し係数をその場で聞いたという事を警察や検察に言いましたか」
小「言いました。どうしてあなたは大した事がないのかと思ったのかと聞かれたので。割り増しとはゆとり、余裕のある設計と考えたと何度も説明しました。実際の建物より出来上がったレベルのほうが強いと思っていました。安全サイドに余裕を持って作られてると思いました」
山「割り増しとは余裕を持った部分で、低減とはその余裕の範囲だと思ったんですか」
小「はい。警察、検察には絵に書いて説明しましたが、調書には全く反映されませんでした」
山「ここでは割り増し係数のことは出なかったと調書にはありますが」
小「私も一瞬肩透かしを食らい、拍子抜けしましたが署名捺印しました。割り増し係数、保有水平耐力、地震力という言葉が10月25日に出たのか27日に出たのかはっきり記憶にありませんでした。この3つの言葉を自分自身こだわって、何としても書いてもらえばよかったと反省しています。調書はパソコンで作られ、目の前で何を打ってるかはわかりません」
山「I山さんがSさんに質問していたといいますが、途中で口を挟みましたか」
小「いいえ。自分に分からないレベルの会話でした」
山「姉歯さんを調査する指示を出しましたか」
小「出していません。誰が指示してるかはその時は分かりませんでしたが、後にI山が出してたと分かりました。この日、イーホームズはいつからでたらめな審査をしてるんだと聞いたら、3年前の稲城からといっていました。質問の受け答えが当時はずれていたと今は思う」
山「Sさんからグランドステージ稲城からと言われて資料に目を通しましたか?」
小「通したと思います」
山「小嶋さんは立ったままその資料を見たんですか」
小「はい」
山「3年前の稲城といわれても、1年前、平成16年なので違和感はありませんでしたか。グランドステージ藤沢と言う物件があるのは気がついてましたか」
小「違和感はありませんでした。藤沢は気がつきませんでした。数字や文字は老眼鏡をかけていなくて見えませんでした。当時、老眼でした」
(資料提示)
小「私が眼鏡を作ったときに検眼した時の資料です」
山「これは老眼を示す数字ですか?かなり進んでいましたか」
小「弱から中くらい。これは老眼鏡です。仕事の時は必ずかけて、執務の机の上と、会議室権社長室の机に置いていました」
山「この時は老眼鏡をつけていなかったんですね」
小「はい。老眼鏡をかけてなかったのでよく見えませんでした。I山にSが報告してるものだし、私が眼鏡を持ってきてまで口を挟むのは僭越だし、その必要はなく、I山から報告が上ったら見ればいいと思いました」
山「10月27日の朝の段階で詳細に認識していないのに、検察官調書には詳細に書いてありますが」
小「GS茅場町についてI山は“俺のところが一番低いのか”と言っていました。分譲実績一覧表は一応見ましたが、眼鏡がなくて見えませんでした。“ワンちゃんのところが一番低いのか”というのは、その言葉に受けていったんです。それ以外にGS住吉の話題を私がしました。“Mのところはどうなの?”と聞きました。I山は“俺のところと同じくらいです”と。私は、Mの所も低いねと言いました。I山の発言に応えて言っただけです。その中で、愛想笑いをしました。余りにも何も分からないというのは立場的にバツが悪いので。取り繕うために笑いました」
山「話をしていた中心は?」
小「I山が中心で、Sが答えられない状況でした。そろそろイーホームズとの会議の時間じゃないの?と言って話が終わりました。多分11:00少し過ぎていたと思います」
山「イーホームズからは藤田社長、Mさん、Nさんが来て、姉歯さんも来てましたか」
小「はい。姉歯を別室で待機させたのは私の指示です。会議の冒頭は私が。藤田社長が口火を切りました。抽出した物件の中でお宅の北千住、船橋の構造が改竄されている、構造計算ソフトが改竄されて悪質なので検済みは下ろせないという話でした。
北千住と船橋の2物件の名前が出ました。私は取り下げられるものは取り下げます、工事をやめられるものはやめるが、セントレジアス船橋、船橋海神の様に上等が終わっているものは曲げてでも下ろして貰うといいました。検査機関のほうが間違ったものを下ろしたというのだから、何としてでも下ろして欲しいと強い意思を出しました。イーホームズが正しくないものに適法である合格証を出す、それを間違ってないんだというのは犯罪行為に近いと思ったので、謝らないなら刑事告訴すると言いました。国交省もそういう検査機関に資格を与え、3・4年も放置してるのは国も同罪と思ったので告訴しようと思いました。3・4年前に出したのは稲城市が出したもので、イーホームズではありませんでした。私の発言が間違ってました。
国家賠償請求補償と言いたかったんですが、昂ぶって告訴と言いました。圧力と取られたかもしれないが、イーホームズに対して懲らしめたいという気持ちで許せない、制裁が加えられるべきだと思いました」
山「非常に大きな声で言ったんですか」
小「地声が元々大きく、興奮していました(笑)」
小「イーホームズは頑として聞く耳持たずという感じでした。イーホームズが公表するというのはマスコミなどに対してだと思いました。大変都合が悪いな、困るな、反対に我々は恐喝されてるかなと思いました。何を何処に公表するのかと疑問に思い、船橋もまだ入居していないしと。藤田社長は国交省に対しては報告する、あなたたちが公表しろという言い方のほうが多かったと思います。せめて船橋の竣工が終わってからにしてからではダメかと時期について聞きました。最終的な結論は出ませんでした。“事実は曲げないほうが結果的にはよい”とか、学術的なことを藤田社長には言われました。どういう内容のものがどういう物件で、いつ公表すべきかの時期を話し合いさせて欲しいとは言いましたが、公表するなとは言いませんでした。船橋と海神に興味がありました。町田等は聞いたかもしれません。しかし念頭にありませんでした。町田、竹ノ塚、北千住は取り下げて。私の中では深刻ではなく、既存物件に関しては検済みは下りてるし、27日は検済みが下りてないという事についてだったので、下りてるものについては特にありませんでした。
イーホのMさんが既存物件についてこちらも調べるから、そちらも調べてくれといわれました。竣工済み物件の名前は出ていませんでしたし、物件数が7とかも出てませんでした。何で内部監査で分かったものが、最初の審査で分からなかったのか聞きました。
法的に正しく審査してるので、イーホームズには落ち度はなく、一貫計算とか何とかプログラムはブラックボックスになっていて審査しなくていいと言っていました。
それって無審査じゃないのかと私は思いました。
検査済みを出す出さないが会話の殆ど。天災と言うか、自身の話はしましたが、その時に調査発覚したほうがいいとは言いませんでした。阪神大震災では被害がありながら、国もデベロッパーも誰も逮捕者が出なかったと話しました。しかし、それだけだと私の言ったことが悪くとられると思って口をつぐみました。少し冷静さを失った。藤田社長に対して自分たちのミスを認めず、建築主のほうが悪い、グルじゃないかと。こちらのほうが悪いというような感じでした。仮にも株式会社を名乗るならば、間違って出したのならばきっちり責任を果たせと思い、許せませんでした」
山「その日、千葉の葬祭場に向かう車中でSさんに“テポドンが飛んできた、キ×××がサリンを撒いたとか、不可抗力だったと思おう”というのは?」
小「何度か車中でI上先生やSと話しているうちに、時間がたつにつれて冷静になり、そう思うようになりました」
山「電話4件の中で、Sさん、I上さん、S河辺さんとの会話で、姉歯さんの実体を聞いて理解が深まったんですか」
小「はい」
山「イーホームズとの会議の段階では姉歯さんの改竄を十分認識してなかったんですか」
小「はい。それが、イーホームズとの話がかみ合わなかった原因です。会議途中で姉歯を呼んで“船橋は実際大丈夫なんでしょ?”と聞いたら“この前の震度5のときは何処からもクラッチ(クラックの言い違い)もクレームもなく、震度5までは大丈夫です”と言ってました。そのあと、また姉歯を別室に戻しました。イーホームズに妥協するので、工事費用はこちらで負担するからイーホームズでも検済みを下ろすように頑張って欲しいといいました。Nさんが別の計算方法で改竄を回避できるかもしれないと言われてありがたいと思いました。Mさんから、姉歯以外の物件は問題なく、姉歯でも低層で問題ないものもあると言われました。具体的な結論は出ずに終わりました。2:45分に近かったと思います」
山「イーホームズとの会議は完全に決裂したと思いましたか」
小「いいえ。ここ1・2日でいい結論が出るのかなと思いました。NさんとMさんの発言から」
山「10月27日のあと、イーホームズから何か連絡が来ましたか」
小「来ません。11月に入ってからイーホームズのNさんからSに電話があり、来週特定行政庁に向かうと言ってると聞きました。何だよ、あの1回きりだけでとがっかり。裏切られたと思いました」
山「会議後に藤田社長を送るときにI田さんに会って会話しましたか」
小「確認が下りていて、こんないい加減な確認検査機関は信用できないとか、数歩先を歩く藤田社長に嫌味で言いました。
その後、Sに会うために会議室に入りました。設計の人とI山がいました。どんな話をしてるのかは知りませんでした。話はせずに、ほぼ挨拶だけで斎場に向かうためにすぐに出ました」
松井弁護士「先ほど、I山さんの専務室で“Mの所はどうかな”というのは、どうして気になったんですか」
小「国交省傘下の社団法人日本住宅産業協会(日住協)で表彰をもらった物件で、住吉は低重心で安定が高いと聞いてたからです」
松「イーホームズとの会議では少し頭に血が上っていたと言いましたけど」
小「もっと血が上ってたかもしれません」
松「その後の車中で多くの電話をしてますが、色んな情報が入ってきて理解を深めたといいましたね。それが弁護人が開示する録音ファイルにあるんですね」
小「そうです。理解を深めたのは上層階を削り取らないといけないような話を聞いて、大変なことだと認識し始めて、録音したファイルの会話に現われたんだと思います」
15:15休廷
15:35開廷
新谷弁護士「10月28日以降の行動について聞きます。10月28日の12:00までの行動は14回公判の話で宜しいですか」
小「はい。Hさんと会食しました。I田は同席しませんでした。私が日住協の職を辞するために…国家賠償するかもしれないので、神戸のホテルの話もするためもありました。日住協の講演会の場所は霞ヶ関のTK大の会館だったと思います」
新「中高層住宅委員会にはI田さんは入ってましたか」
小「はい。講演会の際にI田とは話していません。このあと、本社に戻ったか記憶がはっきりしません」
新「I田証言ではこの日の夕方ごろ、I田さんは、営業二課のSさんが船橋海神の契約を締結していいかといったとの相談を受けましたか」
小「記憶がありません。たぶん、海神の問題を取りざたさせてからI田から、さぎみたいな疑いが掛けられるんじゃないかと聞きました」
新「10月28日にSさんは海神の締結をしていましたか」
小「していました」
新「10月28日夕方にI田さんから話があった記憶はないと」
小「はい」
新「姉歯の構造のヒューザー物件をヒューザー社で再計算したことはありますか」
小「あります。11月初旬か中旬…下旬。姉歯の構造のものに関しては再診断をしてもらいました。それで、結果不足する既存7物件に対し、補強、再設計を依頼しました。再診断はS設計、K設計、A設計に元請を通じて頼み、費用はヒューザーが持ちました」
新「再診断を依頼した物件は」
小「既存7物件です。GS稲城以降、GS藤沢まで。依頼したのは11月21日、耐震強度偽装が発表されたあと、札幌のKに頼みました。支払いはヒューザーが行いました」
新「7物件の依頼と言いましたが、8つありますが。セントレジアス船橋も?」
小「はい」
新「業務を依頼して、12月2日に4000万円払ったんですね。再設計も依頼しましたか」
小「はい」
新「10月27日にM設計士が来ていますが」
小「10月28日以降は11月21日、それ以外は連絡していません。亡くなったのは11月28日、テレビで知りました」
新「あなたのほうで姉歯物件について免震システムを検討しましたか」
小「はい。伊藤公介先生の息子で秘書をしているRさんにT建設に誰か知り合いはいませんか、と。I上先生からの要請もあって。豊島区役所かなんかで優れた免震技術をT建設がやってると聞きましたので。T建設から参事か参与のSさんを紹介してもらい、I上先生に話し、11月10日に私、S、I上先生、Iさん、伊藤先生で行きました。免震出来るか調査依頼し、翌日朝からセントレジアス船橋の調査に行きました。私は行ってません。見積もりは口頭で聞きました。都合、3億5000万くらいと。一回に免震装置を埋め込むので、住居にはならず、エレベーターに隣接する住居は狭くなるといわれました。見積もりが出たのは11月中旬か下旬。私の所には書面ではありませんでした。見積書は最近見ました」
新「最近見た見積書はこれですか(資料提示)」
小「口頭で聞いたのはI上先生からで、当時は書面は見ていません。免震工事は結局実施しませんでした。これの後にすぐ姉歯の構造計算書偽装が発覚してそれどころではなくなりました」
新「居住者に対しての対応ですが、10月27日夕方、17:45頃、I山さんに対して姉歯物件は販売中止、解約などと言ってますが」
小「指示した一覧表を作れと言いました」
新「I山さんは作ってきましたか」
小「作ってきませんでした。11月に入ってから、解約予定はどうなってるの?と聞いたら、I田は解約希望なんて一人もいないと言い、それを聞いて、本当かなと言うのと、お客様がこの期に及んで解約を言わないのはありがたいと変に喜びました。悪い気はしませんでした」
新「(資料提示)解約のための手続き返金とありますが、11月28日から解約と返金が始まったんですか」
小「はい」
新「I山証言で藤沢の第2段の引渡しについて悩んでいたと、引渡ししなければどういう言い訳をお客さんにすればいいかと。I山証言にあるようなI山、I田間の会話はなかったんですか」
小「知ったのは法廷の前、I山が弁護士事務所で話したのを聞いたのが初耳です。何で俺の指示を無視したんだろうと。何で今頃こんな話をするんだと思いました。11月10日ごろ、恐らく藤沢に関する物件の引渡しをするかどうか、解約すべきかと言う認識が低かったのではないかと思います。説明して解約すると作業場混乱をきたすとか余計な事を考えたんじゃないかと。小嶋個人の指示、判断ではなく、会社で指示命令を文書・記録で出せばよかったと今は反省しています。I田に対して信頼が厚すぎ、任せっぱなしだったと反省しています」
新「11月17日に住民に重要事項のお知らせを配布しましたか?何時ごろ」
小「大体午後だったかと」
新「この日は国交省も耐震偽装に対して特別発表していますが」
小「午後4時ごろだったかと。配布がこの日になったのは、先走りすぎて国交省から睨まれたくなく、耐震診断が出てからにしたかったからです。国交省とFAXしたりして調整しました。こういうのを配布する、発表すると」
新「住民への提案、説明会、既存7物件での開催時期は」
小「11月21日からだったと思います。26日、藤沢がラストでした。建て替えを提案しました。挨拶状程度のものを配りました」
新「建て替えはヒューザーがやるが、買取請求には応えられないと」
小「ある程度、国と言うか第3セクターから協力してもらうと。国には交渉申し入れはしてました。11月21日の発表の後あたりです。11月21日に国交省大臣に上申書を出しました」
新「11月15日に伊藤公介議員を訪ねたといいますが、国の責任と権限で行いますと言ったんですね」
小「言ってくれました」
新「国交省以外には誰に相談しましたか」
小「日住協に。K次長に。何とか30億くらいはしてあげたいという雰囲気でした。資金援助の条件として、神戸のホテルを担保にしていいかと提案されました。国交省はあてにならないし、その日に退去勧告、行政指導をするという事で、これでは入居できないものを売ったという事で補強できないと思いました。契約時に戻って106%で買い取ると住民に言いました。書面もあります。6%というのは登記料、引越し代、当面の仮住まいの費用を考えました。6%を現金で払うというのはお金が会社にあったので。残り100%は銀行に抵当権圧縮をしてもらうと。B法律事務所の先生に相談しました。
翌日からマスコミ、世間に叩かれました。不良債権にもなってしまったのだから、100%お客様に負わせるというのは酷と言うか、国の確認制度で犠牲になってるから、国から一声かけてもらえれば銀行は低利で売却に応じると思いました。苦し紛れに言っていると批判されましたが、よく考えて言いました。居住者からの反応は今こうして資料を見ると、何件か買戻しして欲しいというのがありますね」
新「GS藤沢のお客さんへの対応状況で、特に不利な提案、又は有利な提案をしましたか」
小「してません。106%の買戻しについて、その代わりと言うか、それではなく残った13戸を無償譲渡して欲しいと口頭と書面でありました。管理組合次長の方とSさんからあったと思います。
ヒューザーからお客様に対して、年が明けて1月か2月、1戸あたり50万、約1億1000万の迷惑料を提案してから配りました。書面もあります。220世帯、ちゃんと実施しました。矢張り行政サイドから誠意ある対応と言われたのと、住民の方に大変迷惑をかけたという心の表れでした。ヒューザーの社員への給料は事件が解決するまでカットと考えていたが倒産してしまった。資金の流れの調査を受けて、財産の隠匿はないとされました」
新「瑕疵担保責任を個人でしましたか」
小「あります。11月下旬に住吉の時に補償しました。特に住民の方が大勢で来て圧力を受けたわけではありません。今日明日のような要求ではありません。保証した結果、私も会社と共に個人破産になりました」
新「今まで資金繰りに苦労したことはありますか」
小「あります。5・6年前くらいからは心配しなくなりました」
新「10月27日、GS藤沢の販売状況・引渡しはどうなってたと思いますか」
小「3分の1は売れ残りがあるなと。3分の2は引渡し済みと思っていました」
新「10月26日、午後6時の電話でS河辺さんに藤沢の未販売住戸、もう売らないとあるのですが」
小「I田からのこの日の電話で聞いたので」
新「N専務から車中の会話で支払いや残代金についての話は」
小「出ていません」
新「藤沢が何処のゼネコンか知ってましたか」
小「知りませんでした」
新「篠塚さんへの電話で何処がやったのか質問してますが」
小「藤沢の名前は出ませんでした」
新「篠塚証人は藤沢の入居が28日で立ち会う予定でしたが、中国にいるのでできないと証言してますが」
小「明日引き渡すとか、藤沢の話は出てません」
新「篠塚さんの話では施工業者を知らないまま終わったんですか」
小「はい」
新「ゼネコンは」
小「知りませんでした。8戸はもう販売しないと決めていました。4億弱が入ってこなくなり、その原因が姉歯個人であると知っていました」
新「10月28日の引渡しの段取りを知っていましたか」
小「知りませんでした。今回調査して、午前中に木村建設から鍵をもらい、午後に引渡しをしたんじゃないかと思います」
小「11月1日、国賠の相談をO弁護士にしましたが理解してくれませんでした。平成18年2月に国賠を起こしました。基本的に被害者救済に役立てようと思いました」
新「個人補償で破産したといいますが、債権者補償で破産させられたんですか」
小「はい。破産しなければ、駐車場収入が年に1億あるのでそれなりに経営できると思っていました。せいぜい5・6人、10人程度で。
篠塚さんにうちも終わりだといったのは、それまでの規模では出来ないという趣旨です。破産させられて叶わなくなりました。
イーホームズとか国の責任を追及する前に、姉歯や各設計士に責任を追及すれば、ああいう風に悪く書きたてられることは無かったと思います。
11月9日、国交省に行って、国の責任と権限で対応しろと言っただけではダメなので書面にしました。僕が書きました。タイピングは社員」
新「イーホームズの会議の後、Sさんから姉歯物件についての調査報告はありましたか」
小「ありません」
朝比奈弁護士「平成18円1月30日にヒューザーは国賠を提起し、被害者救済のためにしましたが、それがその後どうなってるか知ってますか」
小「まだ一部で継続されてると」
17:45閉廷
次回公判は9月11日、午前10時から午後5時までの予定です。

