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2009年06月14日

成田・東峰神社と羽田・穴守稲荷神社

東峰神社についてググるしていたときに見付けた、笙野頼子さんという作家の「一、二、三、死、今日を生きよう!―成田参拝」と言う本。
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東峰神社について書かれた本は恐らくこれだけではないだろうか。
笙野さんは猫に纏わる問題の為に千葉県の佐倉に引っ越してきた。
そして、るる子さんという編集者から東峰神社の取材を持ち込まれる。
自らも猫問題の闘争で追い出された身、成田闘争にも何処か親近感を覚えた笙野さんはかくして取材に赴く。
ただ、立命館大学出身の笙野さんはは赤ヘルの女が嫌いだったという。
何故嫌いなのかは本を読んで欲しい。

ワシが東峰神社に行く6年前に「すばる」に書かれた文章で、本が出たのは3年前。
まだ東峰神社の立ち木伐採訴訟の最中だ。
表紙の東峰神社の写真はまだ木の鳥居で、かなり荒廃した雰囲気である。
ワシが行った時にはちゃんとした石の鳥居で2005年に建立と書いてあった。
ある方の話によると、空港公団からの慰謝料を元に建てたそうだ。

頁をくくると、地元の特産品らっきょうの神様として奈良の三輪神社のお札がお社に入っているとあった。
そして今も祀られる二宮尊徳。
それともう一柱、昔はアメノトリフネ神(航海、航空安全の神。建御雷神が天地を行き来するときに乗る船の神。又はイザナギ・イザナミの子、蛭子を乗せた船とも)がいた。
東峰神社は元々は航空神社と言う名前で、成田空港とは全く関係ないが、地元の航空機製造会社にあった神社が提供されたものだそうだ。
それで、アメノトリフネ神が祀られていたが、成田空港問題に絡んで彼等が三里塚を去ったため、神社だけが残り、地元の鎮守となる。
アメノトリフネ神は笙野さんの本によると、航空博物館に保存されているらしい。

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ワシは10年ちょっと前に東京都大田区の羽田空港のすぐそばに住んでいた。
引っ越す前は住宅街の上を、むかしの香港の空港みたいに飛行機が低空でビューンと飛んでいくのだと想像して、怖いなと思っていた。
東峰神社はまさに香港さながらで驚いた。
しかし、羽田の場合、飛行機は海側からのアプローチなのでそうはならない。
三里塚の住民の方は、ほんとうに命がけで生活しているのである。
オーバーランや墜落事故がいつあってもおかしくないのだから。
羽田空港わきの穴守稲荷は「追い出された」神社だ。
太平洋戦争終結後の昭和20年8月、米占領軍が羽田飛行場を拡張するために、
神社側に48時間以内にこの場所から退去しろと強制的に迫った。
とんでもないことである。
これに対し、地元の有志が現在の境内地となる場所を寄進した。
もとの鎮座地の鳥居などはことごとく破壊されたが、あの大鳥居だけがひとつ残された。
残された理由は色々考えられる。
「祟りや呪いがあった。破壊しようとしたらブルドーザーがひっくり返ってけが人や死者が出た」という都市伝説のようなものから(これは将門様の首塚をやはり米軍が破壊しようとしたときの「祟り」の話と共通しているので興味深い)、
米軍が飛行機乗り発着の目印にするために残した、また、日本のシンボルが鳥居だから、などがあるらしい。
現に沖縄の基地のゲートには鳥居がシンボルとして使われており、横須賀基地のベルトのバックルが鳥居だったりもする(なぎら健一が所有している)。
何故大鳥居だけが残されたのか、今となってはよく分からない。
そして、この大鳥居は1999年にまた引っ越しを余儀なくされた。
新B滑走路建設のためである。
それまで駐車場にあった鳥居は1999年2月3日、人々が「何かあるんじゃないか」と思う中、神職により祭儀が執り行われ、無事に弁天橋の近くに移動したのであった。
ワシが羽田に住んでいた頃に地元の古くからの方に「米軍が鳥居を動かそうとして何かあったりしましたか?」と訊ねた所、「なにもなかったよ」と聞いたのだが…
とにもかくにも、羽田にしろ成田にしろ、2つの神社は数奇な運命をたどっている。

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ワシが羽田からまた引っ越して、ある事件を追いかけはじめて、派生的にであったが…東峰神社の存在を知ることとなった。
穴守稲荷のように空港そばの神社もあるもんだ、一体どうなっているのだろうと調べたら、
鎮守の杜が当時の空港公団に勝手に伐採されて訴訟にまでなっているという、とんでもない事を知った。
ワシが知った頃には既に和解していたけれども、これは是非に参拝せねばとずっと思ってきて、今回に至ったわけだ。
ノンポリの団塊ド真ん中の父ですら、「神社の真上を飛行機が飛ぶなんて、神様怒ってるんじゃないのか」と言っていた。
ちょっとデンパっぽくなるが、ワシが行ったときの神様と狛犬さんは穏やかでらっしゃったけれど。
それでも、成田闘争の激戦地、東峰十字路を間近にして、神様もたくさんの地元の方、そして権力側の方の傷つく様を見て大変だったと思う。
それが今もなお続いている。
やっぱり、ここに空港を作ったのは失敗というか、駄目なんじゃないかと思った。

11月23日、東峰神社の例大祭の日は勤労感謝の日。
御祭神の二宮尊徳命ゆえであろう。
三里塚の方の作る無農薬野菜は好評だと聞いた。
苦労して開墾、よい土を作るのにどれだけ尽力なさったことか。
ワシみたいな俄か家庭菜園人間には気の遠くなる作業だ。想像もつかないくらい大変だ。
その土地を奪われるとなったとき、闘って当然だと思う。
(暴力を正当化するわけではないけれど)

エウレカセブンのレントンの台詞であり、旧約聖書が出典の言葉を思い出した。
「ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん」


※このブログを書くにあたり、尊敬する方のお話を参考にさせていただきました。心より感謝いたします。

posted by ひらりん at 00:38| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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